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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)36号 判決 1992年12月21日

原告 三井近海汽船株式会社

被告 国

代理人 笠原嘉人 飯塚洋 ほか七名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求の趣旨

被告は、原告に対し、原告が昭和六〇年一〇月一六日付けでした東京都練馬区三原台一丁目一一九一番二畑九八一平方メートルの土地についての農地法八〇条に基づく買受けの申込みに対する承諾の意思表示をせよ。

第二事案の概要

原告は、企業再建整備法(昭和二一年法律第四〇号、以下「再建法」という。)に基づいて設立された会社を吸収合併した会社であるが、被告が自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)三条に基づいて、再建法により解散した会社から、その解散前に買収した農地につき、自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じており、かつ、原告は右解散会社の一般承継人であるとして、農地法八〇条に基づいて、農林水産大臣に対して右土地の買受けを申し込んだところ、同大臣が、原告は右解散会社の一般承継人ではないとして右の申込みを拒絶したため、被告に対して、右申込みに対する承諾の意思表示を求めたのが本件である。

一  当事者間に争いがない事実

1  会社経理応急措置法及び企業再建整備法の概要

会社経理応急措置法(昭和二一年法律第七号、以下「応急措置法」という。)及び再建法は、戦時補償特別措置法(昭和二一年法律第三八号)の施行による戦時補償の実質的打ち切り等により企業が被る損失を適正に処理してその速やかな再建整備を促進し、もって終戦直後の産業の健全な回復及び振興を図る目的で制定された。

すなわち、戦時補償金等の交付を受け又は受ける権利を有し、かつ、資本金が二〇万円以上である等の要件を充たす会社は特別経理会社とされる(応急措置法一条)が、特別経理会社は新旧勘定を設け、新勘定には事業継続及び戦後産業の回復振興に必要なものを、旧勘定にはその他のものを属させて区分経理しなければならない(同法七条)。そして、特別経理会社のうち一定の要件を充たすものは、会社整理、解散、合併、第二会社設立及びこれに対する経営の委任、資産の出資その他の方法により再建整備を図るものとされた。具体的には、会社の存続又は解散の別(再建法六条一項一号)、解散する場合には解散の時期及び清算又は特別清算のいずれの手続によるかの別(同項四号)、資産を出資すべき第二会社を新たに設立する場合には、出資する資産及びその価額(同項七号)等を定めた整備計画を立案し、これにつき主務大臣に認可申請をしなければならない。(同法五条)。右のうち、第二会社設立の方法による場合には、発起人の数や検査役選任請求等に関する商法の規定の適用は排除され(同法三一条)、設立手続が簡素化されている。第二会社へ出資する資産は、新勘定に属するものが予定されるが、その場合、第二会社は、新勘定の負担となった債務を承継し、かつ、特別経理会社から当該債務の額に相当する資産の譲渡を受ける(同法一〇条)。応急措置法一二条にいう旧債権に係る先取特権、質権及び抵当権で、新勘定財産の上に存するものは、当該財産が新勘定に所属することとなったときに消滅し(応急措置法一二条一項)、戦時補償の実質的打ち切り等による損失は、特別経理会社の株主及び右旧債権の債権者の優先的負担として処理される(再建法七条、一九条)。このようにして、右損失が新勘定に及ぶことが極力防止され、第二会社を設立する場合にはその簡易迅速な設立と第二会社の経営基盤の充実が実現されることとなる。なお、右整備計画が認可されれば右計画が実行されることとなり(同法二二条)、右計画に第二会社の設立と特別経理会社の清算手続による解散の定めがされた場合には、右計画に基づき特別経理会社の解散、資産の処分、損益の処理等の清算の手続が進められる。

2  光汽船の設立と三井近海機船の解散等

三井近海機船株式会社(以下「三井近海機船」という。)は、昭和二一年八月に応急措置法の適用を受ける特別経理会社となったことにより、会社資産及び負債について新旧勘定の区別を設け、再建法により昭和二三年一一月三〇日に認可された整備計画に基づき、昭和二四年一月一四日新勘定に属するすべての資産を現物出資して第二会社である光汽船株式会社(以下「光汽船」という。)を設立した上、同日清算の手続により解散した。その後、三井近海機船は昭和三三年八月一五日に清算が結了するまでの間に、資産の処分や損益の処理等を行った。

光汽船は、昭和二七年五月二二日三井近海汽船株式会社と商号を変更し、昭和四一年四月一日に原告(当時の商号、新潟商船倉庫株式会社)に吸収合併されたが、原告は、同日、商号を三井近海汽船株式会社と変更した。したがって、原告は、光汽船の権利義務関係を一般承継したこととなる。

3  本件土地買収等

東京都練馬区三原台一丁目一一九一番二畑九八一平方メートルの土地(以下「本件土地」という。)は、もと三井近海機船の所有であり、同社が特別経理会社となった際に旧勘定に属する資産とされた。被告は、前記整備計画が認可される前の昭和二三年三月二日、自創法三条の規定に基づき同社から本件土地を買収し、同日付けで自作農創設特別措置特別会計国有財産管理規程(昭和二八年農林省訓令第一〇二号)七条により買収前の耕作者である小林良則に農耕貸付けを行ったが、平成二年九月一七日に同人との間で右貸付けを合意解約した。

4  本件土地の買受け申込み

自創法の規定により買収された農地の買収時の所有者又はその一般承継人は、当該農地を自作農の創設又は農業上の利用の増進の目的(以下「自作農の創設等の目的」という。)に供しないことを相当とする事実を農林水産大臣において認定し、又はその事実が客観的に生じた場合には、被告(農林水産大臣)に対し当該土地の売払いを求めることができる(農地法八〇条)。

原告は、昭和六〇年一〇月一六日、本件土地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じており、かつ、原告は三井近海機船の一般承継人であるとして、農地法八〇条二項、同法施行規則五〇条一項により被告(農林水産大臣)に対して本件土地の買受けの申込みをしたが、被告は、平成元年六月二七日付けで、関東農政局長名により、原告は三井近海機船の一般承継人ではないとして右の申込みを拒絶した。

二  争点

原告が三井近海機船の農地法八〇条二項にいう一般承継人であり、かつ、本件土地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実を農林水産大臣において認定し、又はこの事実が客観的に生じている場合には、被告は原告からの本件土地の買受けの申込みを承諾しなければならないところ、前記のとおり原告は光汽船を一般承継しているから、本件の争点は、第一に光汽船が三井近海機船の同項にいう一般承継人であるか否か、第二に本件土地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実を農林水産大臣において認定し、又はこの事実が客観的に生じているか否かである。

第三争点に対する判断

一  光汽船は三井近海機船の農地法八〇条二項にいう一般承継人か否かについて

1  農地法八〇条二項は、自創法による農地の買収が行われた後にその目的が消滅した場合には、買収前の所有者の心理的抵抗感を和らげ、この者に不当な損失を与えないようにするため、この者にこれを回復する権利を保障しており、買収前の所有者の一般承継人にも右の権利を認めている。買収前の所有者のこの権利は、土地収用の場合(土地収用法一〇六条)等と同じく、本来、他人に譲渡等をすることができない性質のものと解されるが、相続や会社合併等、買収前の所有者の権利能力が消滅すると同時に、これと同一の原因によりその権利義務が一括して他者に移転した場合には、あたかも買収前の所有者の人格それ自体が承継されたのと同様の関係となることから、右の農地法の趣旨にかんがみ、買収前の所有者のほか、右の承継人にも右権利の行使を容認することとして、かような立法がされたものと解される。

したがって、同項にいう一般承継人とは、右のような意味に解すべきであって、「国有農地等売渡事務処理要領について」(昭和四六年一〇月八日付け四六農地B第一九二四号農林省農地局長通達、<証拠略>)の第二の2の(3)のイにおいて、農地法八〇条二項の一般承継人の範囲につき、買収前の所有者が自然人の場合はその相続人及び包括受遺者、宗教法人以外の法人の場合は吸収合併により存続する法人及び新設合併により設立された法人、旧宗教法人令(昭和二〇年勅令第七一九号)の規定による宗教法人の場合は宗教法人法附則五項にいう新たな宗教法人、合併後存続する宗教法人及び合併によって設立された宗教法人、地方公共団体の場合は廃止された地方公共団体の区域の全部又は一部を新たにその区域内に包含することとなった地方公共団体と定められているのも、結局このような理由に基づくものと考えられる。

しかるに、三井近海機船は、昭和二四年一月一四日に光汽船を設立して解散したことにより清算の手続がされているところ、会社が解散されて清算される場合には、解散により直ちに消滅するのではなく、清算の結了に至るまで、清算の目的の範囲内で権利能力を有して資産の処分等ができるものであるから、光汽船が三井近海機船の農地法八〇条二項にいう一般承継人であるということはできないこととなる。

2(一)  これに対し原告は、再建法に基づく第二会社の設立は前記のような目的と機能を有する会社再建の手法であって、前記のとおり同法が第二会社の設立手続に関する商法の規定の特則を定めてこれを簡素化していること、新勘定資産を出資した場合、新勘定債務は第二会社に当然承継されるとともに、特別経理会社はこの債務に見合う資産を第二会社に譲渡しなければならないことを定めていること等に照らせば、本件のように新勘定資産の出資により設立された第二会社は、再建法上、特別経理会社の農地法八〇条二項にいう一般承継人として位置づけられていると主張する。

しかし、右の第二会社設立手続の簡素化規定は特別経理会社の再建の迅速化の見地から、また、第二会社による新勘定債務の当然承継及びこれに見合う特別経理会社の資産の譲渡義務は新勘定債権者及び第二会社の株主の保護の見地から、それぞれ商法その他の原則に修正を加えたものであるにすぎないのであって、これらの規定が、再建法に基づく第二会社設立の場合にその法的性質を質的に変容せしめ、第二会社が特別経理会社の一般承継人であると位置づけているとまで解することはできない。

(二)  また、原告は、仮に再建法を右のように解することができないとしても、本件においては、光汽船は、三井近海機船において処分又は整理すべき資産及び負債を除き、そのすべての資産、負債、営業関係、のれん及び雇用関係を含む営業の実態をそのまま包括的に受け継いでいる上、三井近海機船が会社合併の方法を採らず、光汽船を設立して解散したのは占領軍当局の実質的強制によったものであるから、光汽船は実質的にみて三井近海機船の一般承継人であると主張する。

確かに<証拠略>を総合すれば、光汽船は戦時補償の実質的打ち切りによる三井近海機船の損失を整理し、同社を実質的に存続させて再建するための手段として、占領軍の強力な指導の下に設立されたものであって、同社の新勘定に係る資産及び債務、右債務に見合う資産並びに雇用関係を承継して、その前後で実質的な営業状態に変更はなく、その上本店所在地は同社と同一であり、会社の目的や役員構成も同社とほぼ同じであって、関係者においては法人格が変更したとの意識はほとんどなかったことが認められる。

しかし、本件において三井近海機船の雇用関係が光汽船に移転したのは当事者間の明示又は黙示の合意によったものと考えられるところであり、光汽船の営業実態が右のとおりであるにせよ、三井近海機船の再建の手段として第二会社設立と自社の解散という法形式を採った以上、たとえそれが事実上他に選択の余地のないものであったとしても、法的には、三井近海機船は解散後もなお本件土地について被告に対し売払いを求め得る地位を保持しているものと解さざるを得ない。すなわち、仮に同社の清算結了前に本件土地につき自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、当然に同社が同土地の買受け申込みに対する承諾請求権を取得することとなり、また、清算結了後にかかる事実が生じても、右の売払いを求め得る地位は既に同社の法人格の消滅と運命を共にしており、何人も右請求権を取得しなくなるものと解するほかはないものというべきである。

(三)  なお、原告は、再建法施行令一六条一項に、一般承継が生じ得る場合として会社の合併と並んで分割も規定されているところから、本件のような現物出資によって設立された第二会社は出資会社の一般承継人に当たるとも主張する。しかし、同項は、未払込株金の払込みの催促等の相手方から除外されるべき株主の範囲に関する規定であって、この規定のみをもって右第二会社が農地法八〇条二項の一般承継人に当たると必ずしも断ずることはできないから、原告の右主張も採用できない。

二  以上のとおり、光汽船は三井近海機船の一般承継人であるということはできず、したがって、原告も同社の農地法八〇条二項にいう一般承継人ではないから、本件土地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実を農林水産大臣において認定し、又はその事実が客観的に生じているか否かの点を判断するまでもなく、本件請求は理由がないものとして棄却すべきこととなる。

(裁判官 秋山壽延 原啓一郎 近田正晴)

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